January 21, 2006
夕べは新しい職場の歓迎会でした。DJができる人が何人もいる会社ってそうないよなぁと思いつつ、満員の山手線を一日前のWBS見ながら帰ってきたんですが、ちょうど携帯電話の新機種発表にあわせて特集が組まれていた。
auがより音楽サービスはじめてみたり、ワンセグ対応でデジタルTVが見られるようにしたり、よりユーザー体験をリッチなものにしているとのこと。確かに、ケータイは数千万台売れるものだそうだから、標準搭載していけば、結構な数のサービス利用者が出てウハウハであろうということ。
僕自身が携帯文化圏ではないので理解しきれてないかもしれないが、ここ数台、最新の携帯を買ってきた経験も踏まえて思うのが、
・携帯で音楽聞いてる奴なんて見たことがない。
・携帯にヘッドホン繋ぐのはともかく、変なサイズのコネクタを携帯に使うの嫌じゃない?
・携帯は全然、電池が持たない。余計なバッテリ消費するのってどうよ?
確かに携帯を使うことであらゆるデータへのアクセシビリティが凄く高くなるのは間違いないんだけど、携帯文化圏の人は、激しく貧弱な環境で、ITなるものを経験してるんじゃないかなぁって思うわけです。機能の使い勝手は、「知らぬが仏」、アクセシビリティ、機会創出に劣る。
ポケベルを乗り越えてきたのも、携帯文化圏のユーザー属性でしょうが、彼らは本当に忍耐強いです。応用力もあるし。携帯文化圏の人は、「ある」ってことが、そのまま重要な価値になるんですよね。
ちょうどTVを見ていたらソフトオンデマンドが携帯向けに動画配信しているというCMを見ました。なんで、好きこのんで携帯サイズの画面で見るかねぇ・・・・。親の監視の厳しい少年が、エロビデオ見るために使うんですか?でも、年齢認証ありそうだしねぇ。もしくは、出張中のサラリーマン向き?
いつでもどこでもってニーズは、本当に画面サイズなどのクオリティに勝るんでしょうか?
でも、その一方、プラズマTVのような「大きい方が良い」というニーズがあって、もう意味不明です。
また、すげー意味不明だったのが、ちょっと前にFMラジオがつきましたが。何故、FMラジオがついたぐらいで喜ぶんでしょうか?一時期、ソニーのすごく軽くて、音もデザインも悪くない携帯ラジオを持ち歩いていたんですが、それとの違いがわからない。まぁ現実的にすぐ廃れましたし、空騒ぎだったんでしょうな。
消費者が携帯電話そのものを消費していますよね。(って意味不明ですかね?)
ワンセグは確かに興味深いです。電波レベルが低くても映像が見られるとのことで、Vodafoneで出ているTVつきのように、まともに電車でTVが見られない(らしい)携帯と違って期待できます。
しかしながら、TV見てるとバッテリがなくなって電話できなくなる電話なんて意味不明なわけです。
別の日のWBSで見たんですが、現状の電池というのは原理上の性能の限界が来ているそうで、新しいブレークスルーが出てこないと、電池の持続時間を増やすのはどうにもならないらしく、じゃぁどうするか?ってので電池メーカーの新しいアプローチとしては、充電時間がとても短い充電池を作り、充電スタンドを広めて補充するモデルとか、違う方法でトータルの持続時間を高めやすい方向性を打ち出しているとのこと。
そんな状況の中、現状の携帯電話に機能を増やして、速攻で使えなくなるものを作ってどうするんでしょうかね?さらに携帯電話の充電池の寿命って何より短いですよね。これはノートPCにも言えることですが、1年も使ってると、3時間ぐらいでバッテリーが切れてしまったり。(うちのW21CAの電池は凄いことになってます。)
このアキレス腱の存在と、携帯電話の高機能化には、すごく矛盾を感じます。そんな限界、矛盾を誰も唱えない。おかしいと思うんですけど、どうなんでしょうかねぇ。見た目のキャッチーな機能だけ魅力的で、その実、機能の継続性、持続性という部分に奥行きがまったくない。
僕はライブドアのビジネスが実体がないとか、ライブドアの株に飛びつく奴はどうのって言うのなら、携帯電話こそユビキタス幻想に包まれたバブルだと思うんですけどね。
去年、PHSカードを解約して、通信と電話をW31Tに一本化したんですが、携帯の電池が切れるとPCによるメール送信も電話もできなくなることで使い勝手が悪かったです。何より、Bluetoothを使うとバッテリがなくなるの早いですからねぇ。W21CAの電池の持ちの悪さは例外かと思っていたら、イマドキの携帯はどれもこれも、使ったら電池切れるのは早いと思ってるんですが、携帯マニアの方いかがでしょうか?
電池が二本になったら、もう先は長くないので、もはやチマチマ使うしかない。W-ZERO3を買ったのは、バッテリーが切れることへのリスクヘッジであった部分もあります。
で、W-ZERO3も電池持たないんですが、とりあえず冗長化したことで、今は携帯電話を「ただの電話として使う」ことを実践できていると思っています。
携帯の待ち受け時間は、オモチャとしてのブラウザやカメラを使わないことで飛躍的に延びます。iPodのバッテリーが切れても困りませんが、電話は緊急性と確実性を求めたいのでバッテリーはなるべく切れないようにしたい。今が一番、携帯電話の使い勝手が良く、安心感が高いです。
(・・・はっ、そもそも、そうやってバッテリーが持たないことで、いろんなものを買ってしまうのか?
何を隠そう、自分こそがユビキタス幻想にカネを出している張本人なのかもしれないと思ったり。)
消費者の心の移り変わりが早いというのは、商品そのものの矛盾を無意識化に感じているからこそ、「飽きてしまう」というのは、少なからずあるような気がします。







pookmark